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2017年12月12日
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アントニオ猪木対モハメド・アリ

2009年06月26日
アントニオ猪木対モハメド・アリ(モハメドアリ戦)
に関する記事です。


今日は何の日60年代・70年代プレイバック ~忘れられない今日がある~ 毎日更新

1976年(昭和51年)6月26日(土)のニュース
プロレスの猪木、ボクシングのアリと決戦

プロレスの猪木、ボクシングのアリと決戦
写真提供:Sports Illustrated/Getty Images
プロレスのアントニオ猪木が、格闘技世界一決定戦と銘うって、6月26日プロボクシング世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリと日本武道館で戦った。
前評判はよく、国内のテレビ視聴率は54.9パーセント(ニールセン調べ)の高い記録を残した。しかし、違うジャンルの戦いはルールの調整も難しく、猪木は終始寝ながらキックを浴びせるという単調な試合展開で、観客は消化不良、というのが大方の感想。
 

 


1976年6月26日、20世紀最大の戦いのゴングは鳴った。37ヵ国で衛星生中継され、世界14億人がテレビの前で釘付けとなった夢の対決はいかにして 実現したのか? そもそもの始まりは、当時ボクシング世界王者だったアリが、「100万ドルの賞金を出すので、日本人で挑戦する者はいないか」というマスコミ向けに言い 放ったジョークだった。この発言に名乗りをあげたのが、自身のプロレス団体・新日本プロレスを旗揚げしたばかりの猪木だった。交渉の末、アリ側にファイト マネー610万ドル、当時のレートおよそ18億円で合意に達した。

同年3月にニューヨークで行われた調印式では激しい舌戦が繰り広げられた。アリが「このペリカンヤロー! お前は俺の話を聞いているだけで負けているぞ!」と挑発すれば、猪木も猪木「俺は右から左へ抜けているから」と受け流す。これに怒ったアリは「何でも使っ てくれ!!」と、どんなルールでも受け入れる姿勢を見せた。

 


だが、そのビッグマウスとは裏腹に、当初はエキシビションマッチだと考えていたアリ。しかし公開練習での猪木の“本気ぶり”に驚愕。 偽りない真剣勝負だと察知したアリは、決まっていたルールの変更を要請。アリが帰国を匂わせる猪木は応諾し“80%、アリ有利のルール”での試合が行われ た。寝そべりながらキックを繰り出す猪木と、なすすべもないアリという図式が、1ラウンドから最終15ラウンドまで終始変わることはなかった。翌日のス ポーツ紙等で『世紀の凡戦』と酷評されたが、現在では理にかなった猪木の戦いが再評価され“総合格闘技の礎”と評価されている。

改めてアリとの一戦を振り返ることになった猪木だが「実は試合のVTRを見るのは僕自身も33年ぶりなんです」と意外な告白。各ラウ ンドごとに、その戦いぶりが猪木自身から語られ、当事者にしか知りえない意外な発言も飛び出す。番組では試合後に芽生えた猪木とアリの奇妙な友情と、その 後の数奇な運命を辿る。

YouTube - 猪木VSモハメドアリ

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